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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)5379号 判決

原告 石丸藤太郎

被告 富樫徳之助

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和二九年一一月四日為した強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として被告から原告に対する大阪高等裁判所昭和二七年(ネ)第六三一号並に同第六八八号仮処分異議特別事情による仮処分取消請求控訴事件の執行力ある和解調書正本にもとづく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告及び被告間における大阪高等裁判所昭和二七年(ネ)第六三一号並に同第六八八号仮処分異議特別事情に因る仮処分取消請求控訴事件につき昭和二九年七月九日大阪高等裁判所第三民事部法廷に於て和解が成立した(甲第一号証)。

二、しかして被告は右和解調書正本に執行文の付与を受け昭和二九年一〇月二八日原告所有の有体動産に対し強制執行を為して来た。

三、しかしながら右和解調書は既判力がなく従つて執行力がない和解であつて、仮令和解調書正本に執行文の付与を受けたとしても、これに基いて強制執行を為すことは許されない。

即ち本来仮処分訴訟手続に於ては本案に関する訴訟物ないし別個の訴訟物を対象として和解することはできない筈である。しかるに右和解は本案に関する訴訟物(但し未係属)のみならず別個の訴訟物たる原告被告間の大阪地方裁判所昭和二六年(ワ)第二四九五号売掛代金請求事件についても和解をしているがこの事件は現に係属中である。

仮りに和解することが許されるとしても、この和解は私法上の和解契約たる効力を有するに過ぎず訴訟法上の和解としての効力従つて既判力や執行力が生ずるところの和解ではない筈である。にも拘らず被告は右和解調書正本に執行文の付与を受けた上強制執行をなしてきた。よつてこれが強制執行の不許を求めるため本訴に及ぶ次第である。

と、述べた。〈立証省略〉

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張事実中原告主張の如き和解の成立したこと、被告が右執行力ある和解調書正本に基き原告所有の有体動産に対し強制執行をしたことは認めるがその余の主張事実を争う。すなわち、

二、本件和解調書はその第一項ないし第四項において仮処分で問題になつていた案件に関し争を止めるための互譲条件を規定し第五項ないし第九項においてこれに附随する原被告間に存する法律関係を整理解決し、もつて満四年間の長年月にわたつて続けてきた法廷紛争に根本的な終止符をうつ趣旨において大阪高等裁判所第三民事部受命裁判官藤井政治の面前で成立した和解を調書に作成したものである。

三、本件は以上のうち第五項において原告が係争建物について訴訟の前後にまたがつて被告に対し負担するに至つた延滞家賃及損害金合計金十万八千円から原告主張の大阪地方裁判所昭和二六年(ワ)第二四九五号売掛代金請求事件で被告に対し請求中の材木代金債権金四万六千円を差引控除した残金六万二千円の支払義務あることを認め、これを分割して被告に支払うべき旨約し、これに履行遅滞の場合期限の利益を喪失する旨の約款を附した部分に基くものであり適法有効な債務名義であることを疑をいれない。従つてこれが執行力の排除を求める原告の請求は失当である。

と、述べた〈立証省略〉

理由

成立につき争のない甲第一号証によれば原被告間の大阪高等裁判所昭和二七年(ネ)第六三一号並に同第六八八号仮処分異議、特別事情に因る仮処分取消請求控訴事件について昭和二九年七月九日午後一時同裁判所第三民事部法廷において受命裁判官藤井政治の面前で原告及び被告(双方訴訟代理人と共に)出頭して原告主張の如き和解が成立し調書に記載されたことが認められる(和解の成立したこと及び被告が右和解調書に基き強制執行したことは当事者間に争なき事実である)。

ところで、原告訴訟代理人の所論は要するに、保全訴訟における被保全権利の存否についての裁判所の判断が本案訴訟に対し既判力を有しないことから直に保全訴訟において被保全権利ないし別個の法律関係につき裁判上の和解をなし得ないと結論したものと思われるのであるが本訴の当否は結局保全訴訟において裁判上の和解が成立し得るか否かの点に帰するのでこの点につき考察することとする。

一、裁判上の和解は裁判所に於て民事上の争の当事者が相互にその主張を譲歩して法律状態を定め争を解決する行為で、このうちには訴訟内に於て訴訟物に関して為されるいわゆる訴訟上の和解(民訴法第一三六条第二五六条)と訴訟前の簡易裁判所の和解手続に於て為されるいわゆる起訴前の和解(又は訴訟防止の和解)とがあり、前者は訴訟を終結せしめるに対し後者は訴訟を防止する効果を有するのであるが、いづれも裁判機関の面前で、しかも通常その斡旋によつてなされ且つこれを記載した調書は確定判決と同一の効力を付与せられて居る(民訴法第二〇三条)。裁判上の和解は判決による強制的解決に比し当事者にとつて穏便で迅速な解決方法であり又国家にとつても裁判所の負担を軽減する点で奨励されるわけで民訴法第一三六条が裁判所は訴訟の如何なる程度にあるを問わず和解を試み又は受命裁判官若しくは受託裁判官をして試みしめることができると規定した所以であり、且つこの規定が準備手続にも準用せられている所以である(同法第二五六条)。

二、保全訴訟は未確定の権利又は法律関係の保全を目的とするものであるがその命令の裁判手続については裁判所は口頭弁論を経又は経ないで審理し被保全請求権並に保全の必要の有無を判定するのであつて判決手続と相似性を有するから一般民訴第一編ないし第四編の規定の準用を認むべきは疑を容れないところであるが和解の勧試に関する前記第一三六条の準用も亦これを認めて何等差支ない。(尤も保全訴訟の特質から和解の成立する機会はすくないであらう)。而して保全訴訟に於て成立した和解の内容が専ら保全処分に関するものとせば当該保全訴訟の終了を結果する丈であるが、若しその和解の内容が本案請求権に関するものとすれば当該保全訴訟の終了を結果する(この点に於て訴訟上の和解たる一面を有する)と共に、本案請求権について前記起訴前の和解(民訴法第三五六条)が成立するものと解すべきである。尤もかく解するについては管轄の規定に牴触しないかとの疑問がない訳ではない。然し右規定が起訴前の和解の管轄を簡易裁判所と定めたのは最初より和解を行う場合簡易にこれを為し得るようにするために過ぎないから、本案裁判所に於て訴訟物以外の権利又は法律関係を包含せしめて和解を為し又は第三者を参加せしめて和解を為し(民事調停法第一一条家事審判法第二〇条第十二条参照尚独乙民訴法第七九四条一号は第三者参加の和解の執行力あることを規定する)更には保全裁判所に於て本案請求権について和解をなす等当該裁判所に於て訴訟関係人間の権利又は法律関係につき和解を為すにつききつかけある場合は和解をなし得るものと解するを相当とする。尚一般に裁判上の和解は管轄の規定の違背によつてその無効を来す理由がないに於ておやである。(民事調停法第四条家事審規則第四条参照)以上の如く解するときは保全訴訟の裁判(確定判決)がその本案訴訟に既判力を及ぼし得ないことから保全訴訟に於てその本案請求権につき裁判上の和解が成立し得ないと解すべき理由は少しも存在しない。

三、尚弁論の全趣旨によれば本件和解は別個の訴訟物たる原被告間の昭和二六年(ワ)第二四九五号売掛代金請求事件の代金債権を包含せしめていることが窺知せられるがその有効と解すべきこと前説示のとおりである。而して前記甲第一号証によれば原告は右訴訟を被告の同意を得て取下げることを約して居るのであり、仮りに原告が未だ右訴訟を取下げていないため尚係属中であるとしても、右訴訟の係属する裁判所は本件和解調書に拘束され右和解の趣旨に反する裁判を為し得ないことになるのであるから、原告自ら右訴訟を取下げないで本件和解の効力を云為することはあたらない。

よつて原告の本訴請求はその主張自体に徴し理由なく失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、強制執行停止決定の取消並にその仮執行の宣言につき同法第五六〇条第五四八条第一、二項を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

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